EST 13 OCT 1775
第60戦闘飛行隊(VF-60)第二次世界大戦
"Semper Fortis"
第60戦闘飛行隊(VF-60)第二次世界大戦
VF-60は、驚くべき記録を持つ船から飛び立ちました。USSフランクリン(CV-13)、通称「ビッグベン」は、戦争中に沈没しなかった空母の中で最も壊滅的な攻撃を生き延びました。1945年3月19日、一機の日本の急降下爆撃機が550ポンド爆弾2発をフランクリンの混雑した格納庫甲板に投下し、武装・給油済みの航空機を爆破しました。その結果、連鎖的な爆発が発生し、807人が死亡、487人が負傷しました。これは、生き残った米国の軍艦が被った中で最も多い死傷者数でした。航行不能となり、13度傾いていたにもかかわらず、乗組員は船を救い、フランクリンは自力で12,000マイルを航行してニューヨークに戻りました。
第60戦闘飛行隊(VF-60)は、第二次世界大戦中、第60空母航空群の一部としてUSSフランクリン(CV-13)に乗艦しました。1945年から太平洋戦域でグラマンF6Fヘルキャットを飛ばし、VF-60は太平洋全域の空母作戦に参加し、日本軍が占領する島々を攻撃し、艦隊防空を提供し、ギルバート諸島から日本の玄関口までアメリカ軍を押し進めたアイランドホッピング作戦を支援しました。
グラマンF6Fヘルキャット
グラマンF6Fヘルキャットは、太平洋における日本の航空戦力を打ち破った戦闘機でした。鹵獲された機体からの情報を利用し、A6Mゼロへの直接的な対抗策として設計されたヘルキャットは、2,000馬力のプラット・アンド・ホイットニーR-2800エンジンと頑丈な構造、自己密閉式燃料タンク、212ポンドのコックピット装甲を組み合わせていました。その結果、ゼロよりも上昇、降下、火力で優れ、より軽い航空機なら破壊されてしまうような攻撃にも耐えることができる戦闘機となりました。
VF-60は、太平洋戦争の最終年に海軍戦闘機の戦力が大幅に拡大した際の一部でした。同飛行隊は、USSフランクリンの飛行甲板から、太平洋での作戦中に戦闘任務を遂行し、艦隊防空と日本軍に対する攻撃任務を行いました。
VF-60コレクション、シャツ、パーカー、そしてUSSフランクリンから飛び立った乗組員たちを称えるギアをご覧ください。
USN Archive